柴又帝釈天

葛飾柴又



私 生まれも育ちも
葛飾柴又です
帝釈天で産湯をつかい
姓は車 名は寅次郎
人呼んで
フーテンの寅と発します


曇り空、湿度は高いが日が差していないので、サイクリングがてら柴又へ。

往路は蔵前通りを走る。蔵前通り、隅田川、旧中川、荒川、中川、新中川と大きな川を5つ越える。街乗り用のチャリなので、橋を渡るときは車道を走らず、歩道を走る(車を運転しているときの経験上、大きな橋のような自動車専用道路に近い状態に低速のチャリが車道を走っていると怖いので)。これがなかなか大変である。車のようにまっすぐ道を登れず、迂回ルートを探して川越えする。川越え(土手越え)のために、息をきらして坂をのぼり、横から強い川風が吹く遮るもののない橋を走る(結構恐怖心があおられる)。

ようよう柴又街道へ出ることができ、北総線新柴又駅へ。
京成金町線柴又駅から「とらや」は参道一本なので、BSの「寅さん百科」で紹介されていたように新柴又駅から江戸川の土手に上がり、サイクリングロードを走る。京成高砂駅から新柴又に行くと、高いことで有名な北総線の初乗り運賃200円を払うはず。そんな思いをしてまで江戸川の土手を歩きたいのかと思うは俺だけか...(^^;;)


柴又公園では、寅さん記念館(入館料500円)に入る。実際に撮影に使った「とらや」(40作目からは「くるまや」)のセット。それに「とらや」の模型。「とらや」、部屋数が多いので広いように見えるが、意外に狭い。あとは「男はつらいよ」とあまり関係なさそうな模型と、BSの「寅さん百科」風の資料。

 あなた百まで 私ゃ九十九まで
 ともにシラミのたかるまで

http://www.katsushika-kanko.com/


柴又帝釈天。正式名称は、経栄山題経寺。寛永6年(1629年)創立。


↓境内は広い。裏手にはルンビニー幼稚園もある。境内の広場には盆踊りの櫓が組んであった。


↓源公がつく鐘はこの梵鐘。


↓源公がマンガを読んでさぼっていたり、竹箒で掃いていた山門はこれ。


柴又帝釈天の参道


↓そして柴又駅


参道を戻り、「とらや」で草団子とビールを食す。この「とらや」、1作目から4作目まで撮影に使われたそうだ。あとで調べたところ、旧屋号は「柴又屋」。実在の店が「とらや」に屋号を変えたため、「男はつらいよ」が「とらや」から「くるまや」に屋号を変えたとのこと。


柴又帝釈天、参道を通らずに戻り、外から撮影。


↓最後は矢切の渡し。現在は、片道100円。


↓さよなら、江戸川。


復路は水戸街道。中川、綾瀬川、荒川、隅田川と4つの大きな川を越える。帝釈天を出る頃から強い日差し。水分補給を忘れずにしたが、さすがにばてる。赤黒く焼け、首筋が痛い。

今日はこれまで。